スペシャル対談企画 ~地方創生と国立大学~

スペシャル対談企画 ~地方創生と国立大学~


と き:平成27年9月24日
ところ:大分県庁知事室


北野正剛 大分大学長

和歌山県串本町生まれ。専門は消化器外科,内視鏡外科,消化器内視鏡。消化器腹腔鏡手術の権威として知られ,1990年に西日本でいち早く腹腔鏡下胆嚢摘出術を導入して以降,消化器外科の応用に向け,先頭に立って手技の開発及び適応の拡大を図る。世界内視鏡外科学会連合会長,アジア太平洋消化器内視鏡学会会長,日本内視鏡外科学会理事長を務める。
2011年10月大分大学長に就任。大学のガバナンス改革,福祉健康科学部の設置など,大学改革に尽力。2015年10月から大分大学長2期目を務める。

広瀬勝貞 大分県知事

大分県日田市生まれ。1966年通商産業省に入省。在スペイン日本大使館一等書記官,内閣総理大臣秘書官,通商産業省貿易局長,機械情報産業局長などを歴任。1999年通商産業省事務次官に就任。2001年中央省庁再編に伴い,初代経済産業省事務次官に就任。2002年退官。
2003年大分県知事に就任。県政の基本目標である「県民とともに築く『安心』『活力』『発展』の大分県」の実現に向け,先頭に立って県政運営に尽力。2010年九州地方知事会長に就任。2015年4月から大分県知事4期目を務める。


はじめに


 グローバル化,少子高齢化の進展,新興国の台頭などによる競争激化などを受けて,大きな変革期にある国立大学。今回,大分県のトップとして,大分県政をリードされている広瀬勝貞 大分県知事と,大分県における地(知)の拠点である大分大学の北野正剛 学長に,「地方創生と国立大学」のテーマについて,対談いただきました。


北野 広瀬知事におかれましては,本年4月に大分県知事に再選され,私としましては非常に心強く思っております。すでに,「大分県と国立大学法人大分大学との連携に関する協定」(平成17年8月8日)を締結していただいているほか,お忙しい中,本学経営協議会の委員として,本学の運営に関する貴重なご意見もいただいておりますが,ますますご指導賜りたいと存じます。

広瀬 まずは,学長として2期目を迎えることについて,お祝い申し上げます。大分大学は,北野学長の下,県内唯一の国立大学として,県内大学の先頭に立って学術研究・人材育成に取り組んでいただき感謝しています。
 これから,産学官連携というものがたいへん大事でございますので,引き続き, 連携の要としても心から頼りにしています。


地方創生に対する大分県の取組みと国立大学の役割


北野 本年は「地方創生元年」と言われていますが,大分県では平成17年11月に策定された「安心・活力・発展プラン2005」の下,既に早くから,地方創生の中で求められている取組みを行われているという印象があります。

広瀬 地方創生についてですが,そもそもこの問題が起こってきたのは,やはり少子高齢化が進み,全国的かつ本格的な人口減少社会が到来したからということになります。例えば,生産年齢人口は2040年には3割減少し,生産から消費,需給両面での構造的な変化が起きます。社会保障も人口増,少なくとも維持されることがベースでしたが,そこが減るということになりますと,1人の若者が1人の高齢者を支えるようになり,制度が維持できないことになります。このまま進んだら大変だということで,我々も一生懸命やらせていただいているところです。
 この問題への特効薬はありませんが,やらなければならないことは3点に絞られると考えています。
 1つは,人を大事にし,人をしっかり育てるということ。次に,いくら人を大事に育てても,大分県に仕事,能力を発揮する場がないと若い人は出て行ってしまいますので,仕事をつくり仕事を呼び込むことも大事です。そして,次に,地域の活力がなくなってきますので,地域をいかに元気にしていくかということも課題でありまして,複数の集落が,それぞれ持っている機能を補い合いながら全体として集落機能を維持していくというやり方が大事になります。ネットワーク・コミュニティと我々は言っていますが,そういったことが大事だと思っているところです。
 北野学長がおっしゃるとおり,地方創生は,本県が取り組んできた「安心・活力・発展」の大分県づくりと軌を一にするものですので,これまでの実績に新たな政策を積み重ね,「人を大事にし,人を育てる」,「仕事をつくり,仕事を呼ぶ」,「地域を守り,地域を活性化する」を基本に「地方創生は大分県から」という気概を持ってしっかり取り組みたいと考えています。



北野 平成27年6月30日に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生基本方針2015-ローカル・アベノミクスの実現に向けて-」の中で,地方創生の深化に向けた政策の推進として,「地方への新しいひとの流れをつくる」ことが求められています。
 その中で,地方大学等の活性化が重要であり,「知の拠点としての地方大学強化プラン」,「地元学生定着促進プラン」,「地方人材育成プラン」の3つのプランが示されています。
 本学では,今後6年間を見据え,「社会が求める高い付加価値を持った人材の養成」,「地(知)の拠点としての機能の高度化」,「新時代のガバナンス体制の構築による戦略的大学経営の実現」という3つのビジョンを掲げた「大分大学ビジョン2015」を軸に,「第3期中期目標・中期計画」を策定し,その具体的な取組みとして毎年度の「年度計画」を作成することにより,その役割を果たしていきたいと考えています。



国立大学に求める人材像,地方経済発展と国立大学


【新学部「福祉健康科学部」の設置,認知症対策】
広瀬 先日,大分大学では44年ぶりの新設となる福祉健康科学部の設置が認可されたと伺いましたが,時宜を得た素晴らしい決断だと思っています。
 ますます少子高齢化が進展する社会においては,高齢者のケアが非常に大事になってきます。その対策として,保健から医療,リハビリ,介護など一連のものがお互いに連携して高齢者をケアする「地域包括ケアシステム」の構築を推進する我々にとって,福祉健康科学部において,研究・人材養成を行っていただけることは,最も大事な分野に踏み込んでいただいたと,心から期待しています。

北野 ありがとうございます。福祉健康科学部は,本学の強み・特色である「医療」,「福祉」,「心理」の融合による先進的なコンセプトをもった学部であり,全国でも類をみない学部になっています。必ずや知事のご期待に応えられるものと確信しています。
 また,これからの時代では認知症への対策も重要となると考えます。本学では,医学部附属病院内に「認知症先端医療推進センター」を新設するとともに,先日,広瀬知事立会いの下,大分県,大分大学,東芝,臼杵市の「認知症研究推進に向けた連携に関する協定」を締結し,大分県の「産学官連携ヘルスケアモデル事業」の支援等を受けて,認知症のなりやすさと身体情報・生活習慣との因果関係を解明する全国初の実証研究を実施しており,この成果は認知症予防だけではなく健康寿命の延伸に有効な予防法の開発を推進できるものと考えています。



【教育福祉科学部から教育学部への改組,教職大学院の新設,質の高い教員の養成】
広瀬 地方創生の実現と更なる発展,そして持続可能なものとするためには,次代を担う子どもの未来を切り開く力と意欲を伸ばす学校教育は非常に重要なものであると考えます。大分大学では,平成28年4月から,小学校教員養成に重点化したカリキュラム編成とする教育学部へ改組されるそうですが,どのような狙いがあるのでしょうか。

北野 本学では,平成25年12月に公表しましたミッションの再定義において,大分県教育委員会等との連携により,地域密接型の教員養成学部として,地域の教育に貢献する質の高い教員を養成する役割を担うこととなりました。
 中学校,高等学校の教員免許状は多数の私立大学でも取得が可能ですが,国立大学の教員養成学部の強み・特色は小学校教員の養成を担っていることです。その強み・特色を活かしながら,特に学力・体力向上,不登校・いじめ対応,目標達成に向けた組織的な学校組織の構築など地域の教育課題に的確に対応できる能力を備えた教員を養成します。
 また,小学校教員としての実践的指導力を培う教育課程をベースに,障害児の教育心理・生理に関する専門的な知識と指導法を学び,子どもたちの特別な教育的ニーズに応えられる特別支援学校の教員,小学校や中学校での特別支援教育の中心的な役割を担える教員を養成します。
 さらに,教師としての経験や知見を土台に,新しい学校づくりにおいて指導的役割を果たし得るスクールリーダー(管理職等)や,課題探究などの新しい学びや学校現場での今日的課題に対応し得る新人・中堅教員を養成する教職大学院を設置します。これにより,大分県の新たな長期総合計画に掲げられた「生涯にわたる力と意欲を高める『教育県大分』の創造」に貢献できる人材を養成できるものと考えています。

【東九州メディカルバレー構想】
広瀬 大分県から宮崎県にかけての東九州地域には,有力な血液や血管に関する医療機器を製造する企業が多数立地し,更なる設備投資が進められるなど,国内でも有数の医療機器産業の生産・開発拠点として成長しています。
 東九州地域で生産されている医療機器は,今後,一層発展し,需要が拡大する可能性を秘めた産業分野です。また,医療関連産業は景気の変動に左右されにくい安定した産業ともいわれ,国の「新成長戦略」においても成長牽引産業として位置づけられており,この分野は今後の地域活性化の核となる産業としても期待されています。
 このような東九州地域の特長を活かし,平成22年10月25日に,宮崎県と共同で,「東九州地域医療産業拠点構想(通称;東九州メディカルバレー構想)」を策定しました。
 この構想を具体化するため,国内はもとより世界に向けて情報発信することにより,血液や血管に関する医療にとどまらず,他の医療分野に関連する医療機器も含めた幅広い医療産業の一層の集積と地域活性化,アジアに貢献する医療産業拠点化を目指しており,平成23年12月には,国より地域活性化総合特別区域の指定を受け,国の後押しを得ながら,両県をはじめ,関係大学,企業が一体となって取り組んでいます。この取組みで地場産業の医療機器分野への参入,医療機器の製品化,アジアへの医療技術の普及での貢献など着実に進められ,国内外の多方面から注目されています。引き続き大分大学とともに推進していきたいと考えています。

北野 「東九州メディカルバレー構想」におきましては,大分県及び地元企業のご支援により設置させていただきました「臨床医工学講座」にはじまり,本年4月の「臨床医工学センター」設置など多大なるご支援をいただき,ありがとうございます。 本センターでは,これまでの血液・血管分野を中心とした研究開発等の取組みを活かした幅広い医療機器や福祉機器の開発に加え,アジアを中心とした医療技術者の育成等も推進することとしています。
 また,本年1月にタイ王国保健省の直轄するラチャウィティ病院と学術協定を締結し,JICA事業での血液浄化システムの医療技術の普及活動を引き続き実施していきます。また,本年8月にタイで最も評価の高いマヒドン大学との学術協定については,日本大使公邸でタイや日本の教育関係者,医療機器企業,報道機関関係者などにご参加いただき締結式を開催いたしました。更にチュラロンコン大学との学術協定を更新しました。これらの協定に基づき経済産業省やJICAの支援を受け,日本の優れた医療技術である内視鏡の医療技術の指導等をはじめ,本学との教育・研究・医療の人材交流,人材育成,情報の共有等を通した双方の発展に向けた取組みを実施します。これらの構想を円滑に進めるため,8月のマヒドン大学シリラート病院内に,本学初の海外事務所である「OITA UNIVERSITY BANGKOK OFFICE」を設置し,タイだけでなくASEAN諸国の教育・研究・医療の連携拠点として活用し,アジアへの貢献に向け推進していきます。ぜひ,大分県という立場でも,この事務所をご活用いただきたいと考えます。
 さらに,研究・開発の拠点としての取組みである「医療機器ニーズ探索交流会」を,県と連携の上で開催し,医療従事者と企業関係者の交流を促進し新たな医療機器開発に結びつける活動を行い,併せて,ニーズとシーズのマッチング促進を目的としたWebサイト「センスネット」を設置しています。ここでは,優れた福祉・医療機器製品を研究・開発から世に送り出す為のスタートアップ(ニーズとシーズのマッチング)部分を担い,共同研究へとバトンを繋いでいます。



【次世代電磁力応用機器の開発】
広瀬 医学の分野だけではなく,工学の分野における次世代電磁力応用機器の開発でも,大分大学には大いに期待しています。この研究成果による少しの電力で強力な力を発揮できる高効率モーターは,今後更に発展するロボットや自動車などの分野にとどまらず,効率のよい発電機としても利用できて小水力や温泉熱での効率的な発電につながることから,エネルギー産業の分野でも期待しています。

北野 本学では,大分県のご支援を受け,平成25年4月に共同研究講座「次世代電磁力応用技術開発講座」を設置し,大分県産業科学技術センター,県内企業3社を含む複数の企業と連携しながら研究を進めています。近い将来,この研究の成果を社会に還元したいと考えています。

【地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)を通した産学官の連携】
広瀬 地域経済の発展という点では,大学の出口,いわゆる学生の就職に関する大学の機能強化も重要になります。大学の出口戦略といえば,今回の「COC+(地(知)の拠点大学による地方創生推進事業)」は,県内8つの高等教育機関,地方自治体,大分県経済界が連携するという,大分県の力を結集した,まさにオール大分の取組みですね。

北野 近日,審査結果が通知される見込み(※)ですが,検討の過程において,県内の高等教育機関,地方自治体,経済界が一体となることができたことは大きな意義があったと考えます。
 今回のCOC+においては,県内8大学等と連携し,各校の現役学生のみならず,卒業生等の学び直しの場として「大分を創る」(単位互換)科目を協働開講します。この大分を指向する教育では,事業協働企業と地方公共団体のご支援をいただき,中小企業や過疎地域と学生とのマッチングとインターンシップなど能動型体験学習の実施などにより,学生の県内就職の増加につなげたいと考えています。
 また,地域分析をPBL課題とした実学指向の「高度化教養」を新設し,やる気と実力のある異分野の学生集団に,経営者が本気でやりたい未着手の事業開発に取り組む「利益共有型中長期インターンシップ」を体験させます。これにより,学生の「大分でやっていける」自信,企業には新事業の引き金となるアウトカムを生み出すなど,地域活性化に実践的に取り組む人材を育成するプログラムとなっています。

※本学が申請したCOC+は,平成27年9月28日付けで採択されました。


最後に


広瀬 本日の対談で,大分県と大分大学とは様々な連携をとっているということを改めて再認識することができました。「大分県の地方創生」の実現に向けて,より一層の連携強化を図っていくことは重要であると考えています。

北野 本学としても,大分県の動向を踏まえ,どのような形で地域に貢献することができるかをしっかり見極めながら,これまでの知の拠点としての教育・研究・医療の提供にとどまらず,更にレベルアップした地(知)の拠点として,より社会に求められる付加価値を備えた人材の養成,社会にイノベーションをもたらすような研究成果の還元,健康寿命の延伸に寄与する医療の提供など,地域社会に活力をもたらすことができるよう,ますますの機能強化を図ってまいります。本日はありがとうございました。